人間が有する代表的な感情を「喜怒哀楽」と表現することがあります。一見並列的に存在するように見受けられるこの4つの感情ですが、管理人は中でも「哀」は他の3つと比べて抜きん出た存在だと思います。
行き過ぎた「喜」は憂いの影をより一層濃く映します。人を傷つけるほどの「怒」は悲しみしか残しません。一時的、あるいは享楽的に貪った「楽」はやがてそれ以上の虚しさとなってその人に返ってくるでしょう。つまり、感情の行き着く先は「哀」。
そして「哀」しみだけは尽きることのない人間の感情でもあります。その人の心が壊れてしまうか、先に体が耐え切れなくなるまで深く、濃く、爪痕を残していきます。
孤独 すれ違い 閉塞的社会
結局最後は哀しみしか残らない。
デスメトゥがヨーロッパで市民権を得たのは、In Flamesがデスメトゥにメロディを注ぎ込んだことが大きなきっかけとなりました。そしてそのメロディは、得も言われぬ哀しみに満ちたものでした。曲は良いから普通の声で歌ったら良いのにという人もいます。しかし、彼らはデスヴォイスで訴える必要があったわけです。即ち、この世に存在するあらゆる言葉を駆使しても伝えきれない程の悲しみに遭遇したとき、人がそれを体現するには、咆哮し、咽び泣くしか術がなかったのです。神が「哀」の感情を人に植え付けたときから、やがて音楽界にデスヴォイスが登場するのは必然だったのです。
心洗われるかのようなギターソロ
そして言ってるそばからデスチューンじゃない件
スティールが東京高裁によって「濫用的買収者」と認定されました。高裁が一ファンドのまさに経営「実態」にここまで言及するとは思ってもいなかったので、ほんとに衝撃を受けました。M&Aブームは、その本来的な意味・役割を考えるという意味で一つの曲がり角に立っているのかもしれませんね。
試験も近くなって精神的にもだいぶ尖ってきたみたいです。
たとえそれが善意によって一時的に作られた虚像であると解っていたとしても、今は確かだと思えるものに縋りたい。しかし虚像であるが故に、それが何よりも不確かなものであるということもよく解っているというこの葛藤。
そんな感じのスウェディッシュ・エクストリーマー、In Flamesを代表する名インスト、人が創りし神「Man Made God」。この哀愁具合を音楽で体現できるのは、哀しみの歴史に綴られた半島であるスカンジナビアンならでは。
だんだんと内容が鬱重苦しくなってきた当駄ブログの行く末は、どっちだ('A`)
ヤマアラシのジレンマ [超心理学]
独国哲学者ショーペンハウアー(1788〜1860)の寓話に基づき、対人関係の二律背反性を表す為に用いられる名称。寒空に2匹の山あらしが居る。互いに身を寄せて暖め合おうとすれども、相手の体の表面に付いている針が自分に刺さり、苦痛を感じて離れる。そこで体を離すと今度は寒さが身に染みる。それを繰り返す内に適当な距離を見つけ出すと云われる。この寓話の葛藤は互いに傷付かない距離を保持しようとする対人関係に例えられる。
だそうです。人として性格が酷いからそう感じるのではなく、むしろ誰よりも人間臭い生き方をしているからこそ、そう感じるんだと思います。
帰りに野良ぬこにエサあげようとしたらものすごい勢いで逃げられました。
リッブフォーユアスマーイル アンダーイフォーユアキーッス(´・ω・`)
久しぶりに夜授業まで受けてきたら死ぬほど疲れたwwwww
こんな日は何も考えずに笑って寝るに限るwwwww
腹いてぇwwwww
「エロ」で検索してきた猛者がいたので再開したいと思います。この広い会計士ブログ界、「エロ」で検索して到達できる会計士ブログの一つぐらいあってもいいんじゃないでしょうか。ポーターの基本戦略で言うところの集中化戦略、それも相当なニッチ戦略です。ニッチ戦略の短所である、あまりに集中化しすぎると十分な需要を持つ市場とならないという点に既に該当している気もしなくも無いですが、彼が「エロ」で検索し続けてきてくれる限り、このブログがこの世で果たす役割はまだ残っているということでしょう。従って今後は極めてエロい記事の更新が中心になると思われます。
イタリアのプログレッシヴ・パワー・メタラー、DGMの新譜に北斗の拳の主題歌「YouはShock」のカヴァーが収録されてました。空気を読まずに突如として裏打ち疾走し始めるあたりがどうしようもなくエロいですね。